長屋の子育て日記

根津の長屋の子育ての日々について写真と文で綴る
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長屋の師匠


夕方になるといつもステテコ姿で表に出て、
酔っ払ってタバコをふかしていた。
路地裏で、そして町の辻々で、
上機嫌な鼻歌と大声を聞くたび僕は
頭を垂れて通り過ぎたものだった。

たまの休みに居間でくつろいでいると決まって、
「いるか」とひと声のうちに敷居をまたぎ
上がり框に腰掛けてタバコに火をつけた。
「最近の若いもんはよ…」
終わりのない説教を聞くたび僕は
うなだれて天を呪ったものだった。

そんな彼がある日忽然と僕の前から姿を消した。
厭味と迷惑と鬱陶しさと、
濃密な甘さと喪失感と。
矛盾と葛藤に満ちた記憶を遺して
師匠は僕の前から姿を消した。

血のつながりもない近くの他人がもたらした
押しつけがましいほどの親近感。
父親でもないただ一人の男が遺していった
鬱陶しいほどの存在感。
望むと望まざるとに関わらず伝えられた
濃密すぎるコミュニティの流儀。

師匠がいなくなって初めて気づいた。僕は
伝えられてしまったことに。
受け継がれてしまったこのものを次に
つながなければいけないことに。
この生命のバトンを巡るリレーに
巻き込まれてしまったことに。

ふと思い出した夕暮れの藍染大通り。
夜の帳の降りかけた電柱の下に
ひとり佇む師匠がくゆらせた一条の煙を。
厚い眼鏡の奥の小さな瞳に映っていた
その淡い光の色を。


| 今日の出来事 | 07:11 | comments(1) | trackbacks(0) | けいじ |
公共の時間


投げ出した子らを迎えに行く。

舞い戻るその日々を思いながら、
今朝もアケビの花香るこの路地に立つ。

それは祈りに似ている。
子を急かし立てる苛立ちのない、
子を追い立てる慌ただしさのない
空ろな静寂の時間、そして
静けさのなかの深く小さなざわめき。
落ち着かなさに今日も一本の箒にすがり、
ひとり路地を掃き清める。

投げ出された公共の時間。
ニ十年後のこの日々を思いながら、
春の香にむせ返る狭隘な裏路地に
今日もひとり水打つ。

| 今日の出来事 | 22:43 | comments(2) | trackbacks(0) | けいじ |
悼み


二人の豚児を田舎に預ける。

ある朝ふと気づいたその空隙に
子を亡くした日のことを思う。
小さな膨らみを失った布団に、
遊び騒ぐ黄色い声を亡くした井戸端に
駆け付いてくる足音の消えた路地裏に、
急かし立てる苛立ちのない静けさに
追い立てる慌しさのない落ち着きに、
振り返る視線の行き場のない空しさに
咲き誇る菜の花の容赦ない鮮やかさに、
その度に思い起こされるのだろう。

すべての別離を遡る始原の別離
すべての哀しみを超える永遠の哀しみ、
元には戻れないあたたかく切ない記憶
償いきれないまばゆく重たい記憶、
引き裂かれた二つが一つに戻ろうとし続けること
伸ばしても届かない手をなお伸ばし続けること、
それを悼みと呼ぶのであれば悼み続ける以外に
残された僕らの仕事はないのかもしれない。

翻って亡き祖父母のことを思う。
悼み暮らした日々、懐かしみ、
その存外の近さに驚く。


| 今日の出来事 | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) | けいじ |
語り継がせるもの


昔の下宿屋みたい、
裏のゲストハウスに出入りする幼い兄弟を見て
その人は言った。

彼女の生家は板橋の下宿屋、
香具師を生業とする祖母が切り盛りしたその下宿には
老若男女
さまざまな人が暮らしていた。
なかでも隣部屋に住んでいたお兄さんは
幼い私を妹のように可愛がり、
遊んでくれたり
お祭りに連れて行ってくれたりした。

そんな温かい思い出がこうして今も
あなたの言葉を通して再起し続ける。
そんな記憶を懐かしみをこうして今も
あなたをして語り継がせるものは何か。

遠く置き忘れてきたあの時間のなかに、
二度と戻れないあの空間のなかに、
何ものにも侵されないあの空気のなかに
この謎を解く鍵のひとつがある。


| 今日の出来事 | 23:51 | comments(0) | trackbacks(0) | けいじ |
根拠のない自信



根拠のない自信には殺意を感じる
自信がなくては生きていかれないが
自信過剰はおこがましい、
そんなハードボイルドなジレンマである。
「優しすぎては生きていけないが
 優しくなくては生きてる意味がない
 (by P.Marlowe)」

自分を信じることは存外にひっそりしている。
深い静けさのなか直向きに信じ続けるその
人知れぬ根拠は何か。

根拠とはあるようでないものである。
ここにあるようでここにはないもの。
僕らがここにいる時点で
既にそこにあるもの。
見えなくても感じられなくても
確かにそこにあるもの。
絶対的に
普遍的に存在しているもの。

咎人を裁く正義とも違う。
善人を酬いる愛とも違う。
ここにいる僕ら全員に
生まれる前から背負わされた贈りもの。
この儚く暗い一本道を
最後まで連れ添うもの。

多くが失われ忘れられたこの時代に、
すべてが地に堕ち泥に塗れたこの時代に
今なお生き続けるこの
内なる根拠は何か。


子どもたちが生まれ、
親のことを考えるようになって、
その祖先や子孫のことを
永久に連なる過去と未来のことを
永遠に延びる死と生の隊列のことを
もう一度意識するようになって、
はじめて思い出したのです
あなたたちのその言葉を。

生かされている
僕らのこの自信には一見、
なんの根拠もないように見える。
でもその実は
覆しようのない、
抗いようのない、
絶対的なそれらにつながれている。
だからもう引き下がれないのです。
人はそれを根拠のない自信と呼ぶのだろう。
でも
これだけは譲れないのです。

| 回想 | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) | けいじ |
節分の宴


節分の夜は毎年恒例の宴会、
ご近所や友人を招いて賑やかす。
いつも傍で守ってくれている
家の神さまが留守にしていると、
この子らが不安がるからだ。

そしてまた恒例の鬼の訪問、
浮かれ騒ぐ大人たちをよそに
炒りたての豆を投げ、
泣きながら応戦する長男。
その背後にぴたりくっついて、
震えながら睨みつける次男。
二人の必死の形相を見て
今年も大いに盛り上がり
勇気づけられる。

子どもを脅して怖がらせたり、
煽てて木に登らせて楽しむのは
僕ら大人の生き甲斐である。
手が赤くなかったから偽者だったかもしれないと
やっと落ち着いて弁明する子どもに
そっと希望を託してほくそ笑むのもまた
僕ら大人の特権である。

いつも突如現れては名も告げず、
正体も見せず去って行く心優しき赤鬼、
いつまで僕ら
この子らを泣かせ続けられるかな。


| 今日の出来事 | 23:01 | comments(0) | trackbacks(0) | けいじ |
師弟


弱さについて考える。

無知、未熟、
新参者の負い目、
祖先への祈り、
神への畏怖、
私たちを駆り立てるのはこれら、
絶対的な「弱さ」の認知である。
師と弟、
古参者と新参者、
祖先と子孫、
神と人、
これら抗いようのない絶対的格差が、
私たちの成長と成熟を保障している。

師弟とは互いの
成熟度の優劣により仮構された
運命共同体である。
弟は師に、
後生は先生に自らの劣位性を仮託することで
無知と蒙昧による成長の機会を保障されている。
翻って師は弟に、
先生は後生に自らの優位性を仮託することで
矛盾と葛藤による新たな成熟の機会を保障される。
仮構された絶対的格差による
成熟の社会システムである。

学ぶことは、伝えることは
この社会文化的仕組みを活かすことである。
弱さゆえの強さ、
未熟ゆえの成熟、
思い上がれば未来のない所以である。
さあて僕らの子育てはどうか。


| 雑感 | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) | けいじ |
旅立ち


こうしてまた優しい風が
遠く海の向こうへ去っていきました。

la partida,
たどり着いて見上げたその空は
いつか見たもうひとつの故郷の空。
そうさよならは綺麗すぎるから
今は言わないでおくよ。

juntos iremos unidos,
あなたたちが遺していったその贈り物を
いつか再びここを訪れる次の
あなたたちに送り届ける、
ここに残された僕らの仕事です。

| 今日の出来事 | 00:20 | comments(0) | trackbacks(0) | けいじ |
向かい合う二人


強迫観念の時代である。

夫婦に限らず、少し前までの僕らには
永遠に流れる時間が保障されていた。
縁側に腰かけて
他愛ない話をする時間、
囲炉裏端を囲んで
目的もなく共にする時間、
隣の寝息に耳を欹てて
違和感の理由に思いを馳せる時間、
そして箒を片手に路地を掃き清めて
ひとり内省する時間。
それら一見無意味とも思える
累々とした時間の積み重ねのうちに、
僕らは何となしに互いを知り合い、
分かり合うことができた。
今ここに流れる時間はどうか。
命の短さを嘆くこの時間はどうか。

幾多の葛藤を越えてきた者だけに
語れる価値感がある。
違和感を糧にしてきた者だけに
伝えられる世界観がある。
夫婦とはそういうものである。
家族とはそういうものである。
次につなげること。
この形を受け継ぐこと。
そのための仕組みである。
先人たちが愛して已まなかった
神の器である。

コミュニケーションの語源は
神の前に立ち同じ方角を見ること、
同じ視線の方向を共有すること。
翻って
向かい合うと互いに面映く、
二人の視線の交錯のうちに言葉が
上滑りに流れ出ていくのを感じる。

あなたの話を聞きながら、
意味なく相槌を打ったり
何となく突っ込んだりしながら、
僕らはそれぞれに
自分たちの内を省みていた。
あなたたち二人の存在が僕らに
同じ視線の方向を与えてくれる。
そうやって無為に似た永遠の時間を通して
分かり合ってきたのです、
これまでもこれからも。

| 今日の出来事 | 00:04 | comments(0) | trackbacks(0) | けいじ |


僕らの祖先はこの煌めきのなかに
形にならない存在を見てきた。
神であったり老婆であったり、
はたまた艶やかな乙女であったり、
そうして目に映らない存在への畏敬と慎み深さをもって、
子どもたちを教化してきたのである。

それら生活の威厳を手放した
僕らの暮らしはどうだ。
畏れ敬う不確実な存在を奪われた
子どもたちの日常はどうだ。
煌めきのなかに今なお佇まいを正し続ける
彼女らのひっそりとした息づかい。
そんな慎ましやかな美しさを忘れた
僕らの暮らしはどうだ。


| 雑感 | 22:31 | comments(0) | trackbacks(0) | けいじ |
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